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周辺散策

旧安土巡査駐在所

このたび、平成16年1月から実施していました、登録有形文化財旧安土巡査駐在所の保存修理が完成し11月1日から同じく屋外展示の重要文化財旧宮地家住宅や県指定有形文化財旧柳原学校校舎と同様に建物内部を公開することになりました。(公開時間は旧柳原学校校舎と同じく10:00~16:00)
旧安土巡査駐在所は、昭和45年(1970年)10月に開館した「近江風土記の丘」の屋外学習展示施設として、重要文化財旧宮地家住宅(宝暦4年(1754年))や県指定有形文化財旧柳原学校校舎(明治9年)とともに現在地へ移築された木造2階建て、瓦葺の建物です。建物は明治18年(1885年)10月に、金田・島・安土の3か村を受け持つ常楽寺交番所として安土駅に近い十字路の角地(旧安土村大字常楽寺字下横町)に住民の寄付によって建てられましたが、昭和40年3月12日に廃所されました。
建物の外観は柱を塗り込む大壁造の白漆喰塗で、屋根は桟瓦葺とします。隅を切った玄関は洋風の扉と円形の庇を設け、上部は三角形の切妻を見せます。また軒先には蛇腹を用い隅は化粧積みの切石で飾り、上下にガラス製の窓を配置するなど随所に当時流行した洋風建築の意匠が見られます。
建物の一階内部は三室で正面の事務室と奥の一室を洋室、もう一室は和室とします。二階には和室二室を、事務室脇には土間と台所からなる下屋を設けます。
旧安土巡査駐在所は明治の早い時期に地元の大工によって建てられたと伝わる洋風を模した公共建築として貴重な遺構です。 なお、建物は平成20年に滋賀県の文化財に指定されました。

旧安土巡査駐在所 旧安土巡査駐在所

道標や常夜燈

平成17年6月から、道標や常夜燈などの石造品が、新しく屋外展示に加わりました。これらは大津市打出浜の県立琵琶湖文化館前に置かれていたものですが、滋賀県警察本部の新築移転工事に伴って、移設されてきたものです。
道標には「柳緑花紅 法名未徹」「みきハ京ミち」「ひたりハふしミみち」と3面に文字が刻まれており、もとは東海道と伏見街道の分岐点(大津市追分町)にあったものです。「柳緑花紅」とは宋(今の中国)の詩人蘇東波の言葉との説もあり、春の景色の良いさまを形容しています。道標には年号が刻まれていないので、建てられた年代は分かりませんが、安永9年(1780)刊行の「都名所図会」には紹介されており、当時には有名であったものと思われます。
このほか、「大津米屋中」によって建てられた「逢坂常夜燈」や、元禄10年(1697)に建てられた常夜燈、東海道に設置されていた車石、石山にあった国分寺の礎石と推定されるものもあり、歴史を伝える貴重な資料です。 当館へお越しの節には、ご自由に御覧下さい。

大津追分道標

旧柳原学校

明治9年(1876)、現在の新旭町に建てられた小学校の校舎です。明治時代には「文明開化」で海外の建築要素を取り入れた「擬洋風建築」がつくられるようになります。柳原学校校舎もこの要素を取り入れた建築で、清水吉平という大工により建てられました。
瓦葺きやこけらぶきの屋根、しっくい壁などは、日本古来のものですが水色のペイント・窓にしつけられたブラインド・アーチ型の出入り口・ベランダなどは海外建築の要素です。1階が板の間の教室、2階は村長の事務室で、3階の塔の中には太鼓があり村の人々に時間を知らせたようです。
昭和34年には、滋賀県の文化財に指定されました。

旧柳原学校

旧宮地家住宅

長浜市の国友町にあった家屋で湖北地方の民家の典型的な例です。移築される際に発見された記録から、宝暦4年(1754)の建物であることがわかりました。入母屋づくり、茅葺きの建物で、当初の建材がよく残っています。昭和43年、国の重要文化財に指定されました。内部は、入口から奥にかけて大きく三つの部分に分かれています。入口は「にわ」と呼ばれる土間で、農作業を行う道具やかまど・風呂などがあります。「にわ」の次には「にうじ」という一家団らんの場所があります。これは、地面に20センチほど籾殻を敷詰めその上に藁筵を敷いた居間で、「土座住まい」と呼ばれる湖北地方独特の生活形態をしのばせるものです。冬の夜も昼間とほとんど温度が変わらず温かく過ごすことが出来たようです。さらに奥には一段と高い畳敷の部屋が二つ(座敷と寝間)あります。屋根裏はつしと呼ばれる物置が設けられています。土臼・唐箕・藁打ち石・風呂桶などの民具も展示しています。

旧宮地家住宅

安土城跡

織田信長が天正4(1576)年から約3年をかけて安土山につくった城です。家臣の屋敷や御殿など多くの郭・建物が全山に広がり、地上6階・地下1階・5層の大天守があったとされますが、本能寺の変の後に焼失し、現在は残っていません。

安土城跡

観音寺城跡

観音寺城は近江の守護であった六角氏(佐々木氏)の居城であり、14世紀から15世紀にかけて築かれたと考えられます。城は観音寺山の南斜面一帯に大規模に広がり、当時の山城にしては珍しく、石垣も備えていました。六角氏は永禄11(1568)年、織田信長に敗れています。

観音寺城跡

大中の湖南遺跡

今から約2000年前に営まれた農耕集落の跡の全様が見つかっています。貝塚・住居や水田の跡を始め、鋤や鍬などの多彩な木製農耕具、更にそれをつくるための石器などが出土しています。また近年には、古代の港の跡が発見されています。

大中の湖南遺跡

瓢箪山古墳

全長162m、後円部の直径77m、高さ13m。4世紀につくられた、滋賀県内最古の前方後円墳の一つで、その規模は最大を誇ります。後円部の中央の長大な竪穴式石室からは、鏡・武器・装身具などの豊富な副葬品が見つかっています。

瓢箪山古墳
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まめのぶくんです

誕生日:6月2日
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